基調講演

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■食品に対する尊重

 食品のクオリティーを規定する第3のファクターは、”食品を生産する人々が正しく扱われているか”という問題です。土や海と共に暮らす人々、食品加工に従事する人々に正しい賃金が支払われているでしょうか。
 最近は生産物に対する支払いが少なくなっています。なぜなら、人々が消費しないからです。そのため生産者が少なくなってきました。田舎の生活が難しく、困難になってきたからです。
 ですから、私たち消費者は田舎で暮らす人々に威厳を与えなければなりません。若者たちが田舎に、生産される場所に戻れるようにしなければなりません。若者は困難に満ちた環境に戻ろうとはしません。田舎は文化的にも、経済的にも、価値のある場所であることを若者たちにアピールすることで、若者たちも人生の新たな選択肢を得られることができるのです。
 消費者が「この食べ物は高いじゃないか」と言うのを耳にします。人々は少しでも経済状態が悪くなるとすぐに食費を削ろうとします。誰も弁護士を雇うのに必要な費用を論議することはありません。医者を呼ぶときも……。「高い」と言われるのはいつも農民の仕事です。
 私たちの給料から、こんなに少ない支払を食べ物にしてきた時代は、今までの歴史の中にもありませんでした。1970年のイタリアでは給料の32%を食費に支払っていましたが、現在は17%です。日本はもっと少ないでしょう。
 では、前の世代が支払ってきた多くの食費は今、何に支払われているのでしょうか。良く食べるために私たちは少し多く支払おうではありませんか。それが生産者に正しい賃金を支払うための十分な額になるのです。
 私たちが良く食べることができれば、良く暮らすことができます。多くの人々は車のオイルが高くても文句を言わず、ブランド品の衣料品を買いに行くではありませんか。これがスローフードの哲学であり、食品に対する尊重という意味です。皆様が食品を尊重することが農業を、環境を、文化を尊重することにつながり、やがては自分自身を尊重することにつながります。
 遅くならないうちに多くの若者に私は言いたい。「お年寄りを尋ねてください、伝統的な彼らの知識を集め、守って下さい。彼らの文化を手にして下さい。それが国を素晴らしくしていく秘訣です」と。自分の国の文化を尊重するのでなければ国は成り立ちません。そこで重要なのは、皆さんが現在持っている豊かさに対し尊重の念を持つことです。
 1つの物語をお話しして終わりにします。これは皆さんの文化に関することであり、お金の話ではありません。「パラチェルソー」の物語です。
 パラチェルソーは偉大な魔術師で、何でも変身させてしまうことができました。それで、人生の最期になり山の中の小さな庵に引きこもり、若い魔術師が訪ねてくるのを待ちました。彼の技術を教えてあげようと。
 ある日若者が1人扉を叩きました。ドアを開けると美しい若者が立っていました。「師匠殿、材料をどうやって変身させるのかを私は学びたい。何か教えてくれないか。たくさん金貨も持ってきた」と若者は言いました。それで、パラチェルソーは少しずつ教え始めました。「本当のパラダイスはこの土地にあるのです。未来は、君の1つひとつの歩みによるものだよ……」と彼に教えました。
 けれど「そうではなく、この物質を変身させる技を教えてほしいんだ。こんなに金貨があるんだから」と言って若者は怒り、そばにあった植木鉢のバラをつかみ暖炉に投げ込みました。そして、「このバラを元にもどしてくれ」と魔術師に言うのです。でも、パラチェルソーは「そんなことはできない」と言いました。すると若者は、金貨を全部持って帰って行きました。その後、黒焦げのバラを拾ってパラチェルソーが植木鉢に戻すと、バラの花は元の姿に戻りました。
 パラチェルソーが教えたかったのは、「文化の方が金貨よりも大切だ」ということです。皆さんも自分たちの食文化を守ってください。自分たちの技術や文化を金貨と引き替えにしないでください。

カルロ・ペトリーニ 1949生まれ Carlo Petrini 

スローフード創始者、スローフードインターナショナル会長
1949年イタリア生まれ。1983年ワインと食のための、最初の協会である「アルチ・ゴーラ」を発足。1986年に「スローフード協会」を設立し、会長に就任。1989年12月9日、パリ、オペラ・コミークでの3日間に及ぶ議論の末、「スローフード宣言」が世界の20カ国以上の代表によって調印される。1997年には「国際スローフード協会」の会長に就任。スローフードは、あらゆるアイディアの源泉となり、サローネ・デル・グスト、チーズ、生物多様性のためのスローフード・アワードなどに代表される、各種イベントの中に結実していった。そして、1990年に創立されたスローフード出版局を通じて、数多くの出版物をプロモーションした。
また、ペトリーニによって推進された、スローフード協会の企画には「味の箱船」「イタリア・国際プレジディオ」「スローフード賞」「ポッレンツォとコロルノに開設した食の大学」「テッラ・マードレ」がある。

ジャコモ・モヨーリ 1955生まれ Giacomo Mojoli

1955年生まれ。元国際スローフード協会副会長。現在は日本担当理事。ミラノ大学哲学家卒業後、数年間にわたりコミュニケーション、マーケティング、広告言語の分野で教鞭をとる。その後、食、ワイン評論家として活動。「Italian Wine」、「Wines of the World」などの著書がある。ガンベロロッソ社とスローフード協会が共同で出版する「Vini d'Italia」では最終選考委員の一人を務めている。近年はスローフード協会のイタリア国内外の公式スポークスマンとして、国際的連係に取り組む。またイタリア内外の20の都市が参加するスローシティ・ムーブメントにおける公式代理人、さらには「生物多様性を守るためのスローフード基金」のメンバーとしても、イベントの立案、運営などに当たっている。また、ガストロノミー、ワインの専門家として、RAI(イタリア国立放送)を始めとするテレビ、ラジオの番組制作にも関わっている。
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